▼十二月 中
「とうさん、みてみて!ほら、わたしも剣がもてるようになったよ!」
「これでわたしもとうさんといっしょにケイコができるね!」
「ぜったい負けないからね!」
「わたしもとうさんみたいに強くなれるかな?」
「とうさんは当主なの?じゃあわたしも当主になる!」
「なれるもん!だってとうさんのこどもなんだから!」
「やった!稽古で初めて父さんに勝てた!」
「どう?わたしも強くなったでしょ?」
「これでもずっと鍛えてるんだからね!」
「きっと、父さんの期待に応えてみせるんだから!」
いろは「ッッッ!!!」
急に夢から現実に引き戻されて飛び起きた。
夢を見ていた。
昔の、もう見ないと思っていた小さい頃の思い出。
自分の中で封印して、思い出したくもない記憶。
乱れた息と荒れた鼓動がまだ落ち着かない。
自分の部屋に戻ったいろははいつのまにか転寝をしていた。
いろは「もう二度と思い出さないって誓ったのに…」
いろはの胸にあったのはあの日誓った決意。
あの日から自分の生きる意味は弟の春近の為だと誓った。
自分の思いはあの日に全て殺した筈だった。
それなのに
諦めきれなかった感情が噴出した。
よりにもよって春近にぶつけるという最悪の形で。
いろは「わたしは一体何をやっているんだ……」
赤く充血して腫れぼったい目を覆いながらそっと呟いた。
こんな筈じゃなかった。
春近には当主としての役目があった。私は春近を支えてやらなければいけないのに。
春近は……
……………
いろは「…そんな所で突っ立ってないで入ってきたらどうなんだ?春近」
言われて慌てふためく影が障子に映っていた。
いろはの様子を見に部屋まで来たはいいが、なかなか入れずにいる様子がそのまま映し出されていることに春近は気づいていなかった。
そんな春近を見かねたいろはが声をかけたのだった。
いろは「そんなに顔を見せるのが嫌か?・・・こら、逃げようとするな!」
挙句に逃げようとする春近の影を慌てて制止する。
諦めた様に障子を開け、春近はスゴスゴ入ってきた。
いろは「お前は一体何しに来たんだ、まったく…」
そんな格好の悪い姿の弟を見て、いろはは心底呆れてしまった。
いろは(春近はいつだってそうだった。いつだってどこか抜けていて、何をするにしてもうまくいった試しなんかなかった)
そんな変わらない弟の姿を見ていると、いろはは急に可笑しくなってしまった。
いろは(そうだ、春近は小さい頃から変わらない。わたしの後ろを追いかけ回してたあの頃のままだ)
いろは「お前は小さい頃と変わらないな。そうやって私に叱られるとすぐにしょげる癖に、いつもわたしにつきまとった」
春近「…そ、それは俺が成長してないってこと?」
いろは「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ…」
春近「……?」
なんでだろう
なんでこんなに春近を好きなのに
なんで
いろは「なぁ、春近」
春近「は、はい」
いろは「お前は父さんの事どう思ってた?」
春近「え?なんで急に」
いろは「どうもしないよ。ただ聞いてみたいだけ」
春近「えっと、もちろん父さんはすごいし、強くて格好よくて」
いろは「…お前は子供か」
春近「だって、どう思ってるかって聞くから…」
いろは「私は父さんが好きだった。いつも父さんの背中を見てた」
いろは「いつか私は父さんの跡を継ぐものだと思っていた」
いろは「幼い思いかもしれないが、父さんは私だけのモノだと思っていた」
春近「………」
いろは「そこにきてお前が生まれた。周りの家族は後継が生まれたと喜んだよ」
いろは「当たり前だ、父さんの子供に男はいなかったんだからな」
春近「姉さん…」
いろは「みんなお前の事を可愛がった。もちろん、父さんもだ」
いろは「別にみんなの愛情がお前にばっかり向いてたから僻んでるとか妬んでるわけじゃないんだよ」
いろは「まぁ、幼かったから全くなかったわけじゃないが、それでも私もお前が生まれて嬉しかったんだ」
いろは「例えお前が生まれてこようとも、きっと、後を継げると思ってた」
いろは「おかしな話だろ?だって、私は男じゃないんだぞ?男が、お前が生まれたからこそ、みんな喜んでたんだぞ?」
いろは「だから、裏切られたと思った。何よりも信じて疑わなかった父さんに」
いろは「それでも、それ以上に家の事も父さんの気持ちもわかってたから」
いろは「幼かった自分の記憶も思いも全部忘れようとした」
いろは「ただ、お前の手本になるよう、お前を支えてお前を導けるよう、厳格な姉であろうとした」
いろは「春近、もうわかっただろう?私がどんな人間なのか」
いろは「お前が思ってる以上に愚かで、お前が思ってる以上の出来損ない」
いろは「これが本当の私の姿なんだ」
いろはの独白に春近はただの一言も言葉を挟まなかった。挟もうとしなかった。
わかっている、これは自分に向けた言葉ではないことを
自分の後ろにある父に向けた言葉であることを
いろははただありのままの自分をもっと見てほしかったのだ。
春近の姉としてではなく、弥彦の娘として。
春近「姉さん、俺は!」
いろは「言うな!…お前は優しいからな」
いろは「私はお前も父さんも大好きだ。家族もみんなもちろん大好きだ」
でもな
いろは「それ以上にみんなみんな大嫌いだったんだ」
春近「そんなことっ!」
いろは「もう、もういいんだよ。もう私は疲れたんだ。誰かの為になんか何かを背負うもんじゃないんだ」
春近「何でそんな事を言うんだよ、姉さん!」
春近「姉さんは一体何の為に生きてきたんだよ!それじゃあ本当に今日まで生きてきた意味がなくなっちゃうじゃないか!」
春近「誰かの為じゃない、姉さんが生きてきた意味があるだろ!?」
いろは「私は父さんの為に生きてきたんだ。そして、お前の為に生きてきたんだよ」
春近「違う!そんなのは全然違うんだ!」
いろは「違わないんだよ!私は生きる事なんてどうでもよかった!朱点童子を殺すことだって別にどうでもいいんだよ!」
いろは「ただ、父さんの期待に応えたかった。父さんが期待したお前を助けたかった。それだけなんだよ!」
春近「…んだよ……なんだよそれ」
春近「ふざけるな!!」
春近「姉さん!秋葉家二十二代当主として貴方に命じます!!」
春近「父さんも俺も秋葉家も関係ない!ただ、呪われた自分を解放する為に、自分の為に戦え!どうでもいいなんて言わせない!」
いろは「なっ…!お前……!」
春近「姉さん。父さんとか俺とか、そんなのは関係ないんです」
春近「みんな自分の為に、自分が大切なモノを守る為に、自分が生きるために戦うんです」
春近「だから、姉さんも自分の為に戦って下さい」
いろは「……」
呆気に取られて言葉が出なかった。
自分は今、春近に諭されたのだ。
あんなに弱気で心優しくどちらかといえば押しが弱くて何も考えていないような春近に
いろは「……はは、もう立派な当主じゃないか」
もう、手を引かなくてもいい立派な当主が目の前にいた
いろは「全く、普段から何も考えないで生きてるお前に言われたら終いだな」
春近「そ、そんな事ない!これでも毎日色々考えてるんだ!」
いろは「まぁ、そういう事にしておいてあげるよ」
春近「だから…!」
いろは「はいはい、もういいから明日に備えるんだろ。早く自分の部屋に帰れ」
春近「え?あ、え、はい…」
ポカンとして、モヤモヤしながらも部屋を後にしようとする春近
部屋を出る前にいろはに振り向いて
春近「あの、出過ぎた真似だったかもしれないですが、それでも姉さんは自分の為に生きるべきです」
振り向いて言葉を掛けた先にはニヤリと笑ったいろはがいた。
いろは「ああ、朱点童子は私が殺す。そして、悲願を達成した者として私が当主になる」
いろは「やはりお前が当主というのはちと荷が思いだろう」
いろは「そして、父さんに私が報告する。問題ないな?」
春近「問題大有りだよ…姉さん」
でも、もう姉さんは誰にも負けない
春近「姉さん、また明日」
いろは「ああ、また明日」
朱点討伐まであと一日
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2013/05/26
秋葉一族